豊浦出身の山岳写真家、橋本春雄さん。飯豊連峰や朝日連峰の山岳写真を撮り続ける傍ら、遠くヒマラヤや中国にも足跡を残したアルピニスト。現在は、体調を崩し自宅で生活している。このたびしばた豊浦会は、橋本さんの若き日の作品集の公開のご了承をいただきました。大迫力の「飯豊・朝日連峰写真帳」をクリックしてご覧ください。

大日岳
石転び沢

「新潟から見える限りの山を登りつくしたい」、越後の藪山を生涯のフィルードとした故藤島玄翁は、小学生の時すでに誓いを立てていた。昔ばなしを聞くように「あっちの山は何だろう」と親父さんに聞くと、新潟市の下町言葉で「いっち遠(とお)こて白(しい)らい山が、飯豊山だろ」「いっぱいこと雪があって、熊らの大蛇がすんでいて、だっれも登らんねがんだろう」と教えてくれた。翁は明治三十八年生れ。本名を玄太郎といったが、誰からも玄さん玄さんと呼ばれ、多くの後輩を育てたリーダーでもあった。 (橋本春雄「遠こて白い山」より)

生涯、越後の藪山を伴にした藤島玄であったが、世界の探検家として知られる今西錦司博士と肝胆相照らすことになった。後年、千山登山を目指した博士は越後の岳人と、飯豊・朝日に遊び、「飯豊はとてつもない大きな山である。日本でいちばん大きな山であるかもしれない。巨象といっても、長鯨といっても、形容に准らない大きさである」と書いている。

                                          橋本春雄

飯豊・朝日連峰写真帳